ピアノのはなし(1)~「ピアノ」ってどんなもの?
一口に「ピアノ」と言っても、グランドピアノのほかアップライトピアノ、電子ピアノなど、いろいろな種類のものが存在します。上永谷ミュージックセンターのピアノ科では、すべてのレッスンを必ずグランドピアノで行っていますが、そこにはきちんとした理由があります。今回は、それぞれのピアノの違いについてお話しながら、その理由についてご説明しようと思います。
いろいろなピアノとその違い
鍵盤楽器は、電子ピアノなどの「電子楽器」と、アップライトピアノやグランドピアノといった「アコースティック楽器」の大きく2つに分けることができます。まず1つ目の電子楽器は、音が電気信号で組み込まれているので、「ド」の鍵盤を押せば、誰がどのように弾いても同じ「ド」の音が出ます。一方のアコースティック楽器は、同じ「ド」の鍵盤でも、弾き手や弾き方によって音に違いが出るという特徴があります。つまり、同じ高さの音でも違う音色で聞こえることがあるということです。
発表会などで演奏を聞いた際に、同じグランドピアノを弾いているにもかかわらず、演奏者によって音色がそれぞれ違って聞こえた、という経験をしたことがあるかもしれません。その音色の違いは、まさに弾き手のニュアンスの違いであり、その違いを明確に表現できるのがアコースティック楽器の魅力なのだと思います。
では、同じアコースティック楽器であるアップライトピアノとグランドピアノの違いはどこにあるのか。一番の違いは、その楽器の構造にあると言えます。アコースティック楽器であるピアノは、鍵盤を押すことで、その動きに連動するハンマーが動き、そのハンマーがピアノ線に当たって音が出る、そして鍵盤から指を離すとハンマーが元の位置に戻る、という仕組みになっています。グランドピアノの構造を見てみると、ハンマーは地面に対して水平に配置され、鍵盤と連動したその動きは地面と垂直方向となります。つまり、鍵盤から指を離すと地球の重力を借りてすぐに戻る、という構造になっているのです。
もう一方のアップライトピアノのハンマーは地面に対して垂直に配置され、ちょうどグランドピアノを90度起こしたような形の構造となっています。そのため、ハンマーが戻る際には重力の影響がほとんどなく、グランドピアノに比べるとゆっくりとしたスピードになるということです。同じアコースティック楽器でも、音を出す構造・仕組みによってそのような違いが生まれるというわけです。
グランドピアノが「いちばんお話ししてくれる」?
以前、ある調律師さんに興味深いお話を聞いたことがあります。その調律師さんがお付き合いのあるピアニストの方が、「同じ音を1秒間に何回弾けるか」ということに挑戦したそうです。その結果、アップライトピアノではせいぜい4~5回だったのに比べ、グランドピアノではなんと約20回も同じ音を出すことができたということです。この回数の差は、ハンマーが重力の影響を受けるかどうかという構造の違いによって生まれているのです。
そしてこの回数の違いは、アコースティック楽器であるピアノの「再現性」に違いがある、ということを意味しています。ピアノのレッスンを続けていると、上達するにしたがって課題の難易度も上がり、速いトリルや装飾音符などが数多くある曲に取り組むようになります。その際によくあるのが、「自宅のアップライトピアノではできなかったことが教室のグランドピアノで弾いたらできた」ということ。一生懸命練習しているのに、弾き手の技量ではなく楽器の構造の問題で力を発揮できない――。そんな事態を回避するためにも、弾き手の意思に応えられる「再現性」のある楽器で練習するべき、というのが私たちの思いなんです。もちろん、アップライトピアノでも電子ピアノに比べれば再現性は高いと言えますが、よりベストな環境を提供したいという考えから、当教室ではすべてのレッスンをグランドピアノで行っているんです。
当教室の講師から聞いた、ご自身のお子さんに関するエピソードでとても興味深いものがありました。その講師の自宅には、電子ピアノ(クラビノーバ)、アップライトピアノ、グランドピアノという3種類のピアノがありました。ピアノの先生の自宅という特殊な環境だとは思いますが、そのお子さんは生まれてからずっと身近にあったそれらのピアノを、触ったり弾いたりしながら、自由に遊んでいました。しかし、その子が大きくなるにつれ、それぞれのピアノに接する時間に差がでるようになり、5歳になるころにはグランドピアノにしか興味を示さなくなったということです。その理由を母親である講師が聞いたところ、「このピアノがいちばんお話ししてくれるの」と答えたそうです。
この「お話ししてくれる」というのは、つまり「自分の思ったことに応えてくれる」ということなのだと思います。「こう弾きたい」と思った通りに音を出してくれる、自分の心に寄り添って気持ちのやり取りができる“話し相手”がグランドピアノだった。そしてその再現性の違いは、5歳の子どもが直感で感じ取れるほど大きかった、ということなのではないでしょうか。
感性を育む環境に最適な楽器を
では次に、「これからピアノを習いたい・お子さんにピアノを習わせたい」と思っている方にお勧めするピアノは何か、ということをお話ししたいと思います。
ここまで説明してきたように、再現性を考えると電子楽器よりもアコースティック楽器、そしてアップライトピアノよりもグランドピアノ、という順序になることはご理解いただけると思います。「楽器を演奏する」「音楽を奏でる」ということは、単に間違えずに弾ければ良いということではなく、音の強弱やアーティキュレーション、曲のイメージを意識しながら、情感を乗せて演奏することが大切です。たとえば歌を聴くときにも、音程がピッタリで一本調子の歌い方よりも、ビブラートやシャクリ、強弱をつけた歌い方のほうが感動できるでしょう。ピアノの演奏も同じで、楽譜の音符をミスなく弾くことも重要ですが、弾き手の情感を表現することが大事。その意味で、再現性の高い楽器を選ぶほうが、自分の思いを的確に表現した演奏ができるようになる、ということなんです。
しかしながら、楽器自体の値段は電子楽器のほうが低額ですし、住宅事情を踏まえた置き場所の問題など、アコースティック楽器を家庭に用意するというのはハードルが高いことかもしれません。長続きするかどうかわからないのに、高額なグランドピアノを買うのには抵抗を感じる、という声もあると思います。
でも考えていただきたいのは、上達するためには練習が必要であり、その練習が楽しくなければ長続きするはずもない、ということ。先ほどご紹介した講師のお子さんの表現を借りるならば、毎日の練習という“お話し”の際に、「とりあえず相槌は打ってくれる」のが電子楽器、「気持ちに寄り添って親身に応えてくれる」のがアコースティック楽器ということになると思います。どちらの“お話し”のほうが楽しいか、もちろん後者であることはご理解いただけるでしょう。
ご近所への配慮を含めた住宅事情、高額な楽器の購入に対する抵抗感など、アコースティック楽器をご自宅に用意する難しさはもちろんあると思います。しかし、とくに幼少期の習いごととしてピアノレッスンを始める場合は、ぜひ再現性の高い楽器を選んであげてほしいというのが私たちの気持ちです。最近は、良好なメンテナンス状態の中古アップライトピアノが、電子ピアノと同程度の金額で購入できるようにもなっていますので、住宅事情さえクリアできるのであればぜひ検討していただきたいです。子どもは、大人の想像が及ばないほど多くのことを感じ取り、そして吸収しています。明確な言葉にはできない違いを確実に感じながら、いわゆる「感性」を育んでいる子どもたちに、音楽を習うためのより良い環境を提供してあげてほしい、と心から願っています。
ピアノレッスンは自分自身の心と向き合う機会
ここまで、それぞれのピアノの違いを説明しながら、習いごととしてピアノを始める方はぜひアコースティック楽器であるグランドピアノをご自宅に、ということを述べてきました。これは「電子ピアノでは上達しない」ということでは決してありません。たとえ「とりあえず相槌は打ってくれる」相手だとしても、話し相手がいることに越したことはありません。音楽に取り組むということは、「自分自身の心と対話する」ことだと私は思っているので、ピアノを習わせることは、お子さんが自分自身に向き合って対話する機会を与えてあげることになる、と思います。これは、親御さんからお子さんへのかけがえのないプレゼントになるはずですので、ぜひ音楽を習わせてあげてください。
そして、「自宅にピアノがないと習ってはいけない」ということも、もちろんありません。すべてのレッスンをグランドピアノで行う上永谷ミュージックセンターのピアノ科であれば、もっとも再現性の優れた楽器に触れながら上達を目指すことができます。そして、生徒の方は全員、「お部屋が空いていれば」という制限付きですが、ご予約いただければ何回でも無料でレッスン室をレンタルすることができますので、ご自宅にグランドピアノがなくても最適な環境で練習ができます。小さなお子さんは親御さんと一緒に練習をしに来る、そして中学生ぐらいになったら学校帰りに教室に寄り道してグランドピアノを弾いて帰る、ということももちろんできます。ご自宅に最高の楽器があることに越したことはありませんが、もしない場合でもお子さんの感性を育むこと、音楽によって心を豊かに日々の生活を送ることは十分に可能なのです。
(上永谷ミュージックセンター センター長 福田依子)