習いごととしての音楽(1)

お子さんが何かに一生懸命取り組み、日々成長を続ける姿を目にすることは、親御さんにとって何よりも素晴らしい喜びだと思います。「習いごと」を始めることは、そんなお子さんの姿を見るいい機会となるでしょう。

水泳・サッカー・野球・ダンスといったスポーツ系から、そろばん・習字・英語・学習塾などのお勉強系、空手・柔道・合気道などの武道系、バレエ・絵画教室などの芸術系に加え、最近では科学教室やプログラミングといったものまで、習いごとには実にさまざまなものがあります。好奇心旺盛で活発なお子さんは「なんでもやりたい!」と意欲を見せるかもしれません。でも、お子さんがやりたい習いごとをすべてやらせるのはなかなか難しいこと。毎日のスケジュール組みに加え、それぞれのお月謝が大変……親御さんとしてはそう考えてしまいますよね。

今回は、その「習いごと」をテーマに、当音楽教室が考える「そもそも習いごとって何?」ということ、そして「音楽を習うことで育つこと、得られること」についてお話ししたいと思います。

習いごと=心の栄養を上手に採るための工夫を

「子どもの習いごと」はどのように定義できるかを考えた場合、“子どもの身体や心の成長に必要な経験や体験ができる”ということになると思います。では、「どんな習いごとをやらせるか」については、どのような基準で選んでいるのでしょうか。

親御さんからよく聞くのは、「子どもに決めさせる」「子どもに任せる」「本人が好きなことをやらせたい」といった言葉。確かに、頭ごなしに、「これをやりなさい!」と押し付けられ、「はい!」と一心不乱に取り組むようなお子さんは、なかなかいないでしょう。お子さんによって興味も違えば、向き不向きもさまざま。何が向いていて、何が好きで、何が役に立つのか、親御さんは迷うはずです。これを書いている私も、選ぶのは本当に難しいと思っている1人です。

さらに、いざ習いごとを始めると、お月謝はもちろん、ユニフォームや道具を揃えるのにお金はかかるし、送り迎えなどの時間もつくらなくてはなりません。必要なものを一式揃えたのに「やっぱり向いてないから」なんて、すぐにやめられてはたまったものではありませんよね。だからこそ、習いごとを始める前に子ども自身に「やりたい」と言ってもらいたい(言わせたい?)、宿題や練習をお子さんがサボりたくなったときに、「自分がやりたいって言ったでしょ!」と言えるようにしておきたい、という気持ちになるのは、とても理解できます。だって私もそう言いたいですから(笑)。

しかし、ここで「言ったでしょ!」と言いたくなるのをグッと堪えて、考えていただきたいのは、親としてどうしてあげたいか、何が良いと思って始めさせるのか、ということです。たとえば、幼児期のお子さんに、「今日のごはん、何食べたい?」と聞いたとします。小さな子どもですから、「ケーキ!」「アイスクリーム!」「ポテトチップ!」など、自分の好きな食べものを答えるかもしれません。そうなったとき、親は子どもの言う通り、ケーキやポテトチップを毎日ごはんに出すでしょうか? また、「嫌い」だからといって野菜を一切食べなくていい、毎日ケーキを食べてましょう! なんて言う親はいるでしょうか? 食材の栄養素を考え、嫌いなものでも「小さく切ったら食べられるかな」とか、「何かに混ぜたら大丈夫かな」「味付けを変えてみようかな」と、お子さんの身体のことを思いながら工夫と試行錯誤を繰り返して食べてもらおうとするはずです。習いごとがお子さんの心と体の成長につながる「栄養」だと考えてみると、これと同じことが言えると思います。

習いごと選びで大切なポイントは「親が子どもにいかに向き合うか」

小学校高学年くらいになると、お子さん本人が自分で考え、行動することもできるようになります。食べものの話で例えるならば、「ケーキは好きだけどご飯の後に食べよう」とか、「野菜は嫌いだけど、必要だから我慢して食べよう」と考えるようになったり、中には「この調理法だったら食べられるからこうして!」と要求ができるようになるかもしれません。習いごとに関しても、「これをやりたい」というしっかりとした考えができるようになるお子さんもいるでしょう。でも、まだまだ親御さんの導きは大切な年代ですので、アドバイスやサポートはもちろん必要でしょう。そして、ほとんどの習いごとは幼児期に始めることが多いので、自分自身できちんと考えられるようになるまで、親は「必要なものを食べさせる工夫」をすることが必要ではないでしょうか。

我が子の普段の様子を見ながら、会話し、寄り添い、さらには「これがいいよ」と誘導する気持ちで、習いごとを選択することが大切でしょう。親が信念も持って考え、「これを習うと役立つはず」「こんな素敵なことがあるはず」「こんなことが身につくはず」と始めさせたものは、長く続けてほしいと願うはず。お子さんが練習や宿題を嫌がったり、始めた習いごとに興味を失いかけていたら、野菜嫌いな子に野菜を食べさせるときのように、親御さんも工夫をして、向き合う方法を考えるでしょう。それこそが、お子さんに習いごとを始めさせる際の大切なポイントであると、考えています。

また、どんな習いごとを通してでも、始めるときや諦めかけた際に「自分に向き合ってくれた」という記憶は、子どもにとってかけがえのない記憶になるに違いありません。元メジャーリーガーのイチロー選手が子どもの頃、お父様が毎日欠かさずキャッチボールに付き合ってくれたことや、世界的なバイオリニストの五嶋龍さんも、小さい頃の朝夕の練習に、毎日必ずお母様が付きっきりだったということは有名な話です。これらのエピソードは、親が根気よく子どもに向き合いながら、ときに導き、その結果が子どもの大成につながった良い例なのではないでしょうか。

音楽を習いごととして始める際に知っておいてほしいこと

では次に、“音楽”という習いごとにはどのような特徴があるか、というお話をしたいと思いますが、いちばん大きいのは「すぐに成果が見えない」ということかもしれません。あらゆる事柄が、一朝一夕にして結果を出せるものではありませんが、とくに成果が見えづらいのが音楽に関する習いごとだと思います。

サッカーであればシュート練習の特訓をしたから試合で得点できた!、塾に通っている場合は毎日の勉強によってテストの点数がアップした!など、日々の取り組みが目に見えるわかりやすい成果として表れることもあるでしょう。音楽に関する習いごとでは、基本的に試合もテストもありません。ただただ少しずつ、一歩一歩ずつ階段を登って成果を積み重ねるものですので、何か劇的な変化が急に起こることは滅多にないのです。そのため、親御さんにとっては成果が見えない習いごとなってしまい、「全然うまくならないなぁ」「うちの子には向いていないのかも」「もうそろそろやめさせてもいいか」ということになりがちです。

ここで考えていただきたいのは、「音楽を習うこと」、そして「音楽を続けること」でいったいどんな力が身に付くのか?です。よく言われているのは、音楽に取り組む際は「分析・思考・表現」の3つを同時に行うため、その結果が脳の発達につながるという効果です。情報を目や耳で取り入れ(分析)、自分で解釈(思考)し、それを表現するのが音楽です。普段の勉強でも「分析・思考・表現」はしているではないか、と思われるかもしれませんが、音楽と勉強で大きく違うのは、その3つを行った結果に「正解がない」ということに尽きると思います。それはどういうことなのか、お話していきます。

正解のない音楽で得られる楽しさと「脳を鍛える効果」とは?

まずここで、「正解がないこと(答えは1つではない)」と「間違いがない(何でもよい)」ということはイコールでないことを説明しておきたいと思います。

音楽を勉強するときに欠かせないのは楽譜です。学習するときの教科書のようなものですが、同じ曲でも出版社や編者、版によって内容はかなり違うことがあります。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。

たとえば、楽譜の中には、その楽曲を演奏するときにどんなテンポで演奏するのかを表す「速度記号」が必ずはじめに書かれています。その内容は、「♩=60」など1分間に何回四分音符(♩)を打つかを明確に定義する場合と、「Adagio(アダージョ)=ゆるやかに」「Andante(アンダンテ)=歩く速さで」「Allegro(アレグロ)=速く」など言葉で書かれている場合があります。「♩=60」と書かれれば、♩を秒針の速さに合わせればいいということなので簡単ですが、言葉で書かれている場合はどうでしょうか? そこに正解はあるのでしょうか?

「Andante=歩く速さで」と書かれている場合を考えてみましょう。歩く速さは人によって異なり、「♩=60」で歩く人もいるでしょうし、「♩=80」くらいのちょっと早足で歩く人もいるかもしれません。しかし「♩=100」ぐらいになると走るスピードになってしまいますし、反対に「♩=40」ではゆったりと牛歩しているようになってしまいます。つまり、「♩=60」「♩=80」は良いかもしれないけど「♩=40」「♩=100」は間違いだろう、ということになります。これが、音楽で言うところの「正解はないけど間違いはある」ということです。

この正解のなさが、音楽の難しさであり、そして魅力でもあるのです。とくに、メトロノームが開発される以前、つまりベートーヴェンが活躍した時代よりも前に書かれた楽譜には、数字での速度の規定は見らません。つまり、古いものであればあるほど、200年から300年の年月を通し、たくさんの音楽家が「自分なりの正解」を求めて音楽に取り組んできたとも言え、さらに自分なりの解釈を探求することもできる。それは音楽の楽しさの1つであり、最大の楽しさでもある思います。

テンポを例としてあげましたが、それ以外にも、音楽の中には探究心をくすぐる要素がたくさんあります。メロディー、テンポ、リズム、強弱などのアーティキュレーション、音価(音の長さ)、フレーズ、和音、バランス、音色など、たくさんの要素が複雑に絡み合い、1つの楽曲を織りなすのが音楽です。そして、音楽を習っている人(勉強する人)は楽譜や音源をもとに音楽となる情報を自然にインプットし、そこに自分なりの解釈や感性をのせ、さらに同時に表現(演奏)することをやってのけているのです。それを繰り返し行うのですから、音楽を習うことによって脳が鍛えられるという説には納得いただけるはず。学校や塾での勉強では得られない脳の鍛え方だと思いませんか?

音楽を学ぶことで得られる効果と“一生の財産”

英語や算数や理科など、学校の教科では1つの答えを得るために勉強し、さまざまなことを教わります。テストでも正解か不正解、○か×で点数がつき、その点数から成績が評価されます。でも、ノーベル賞を受賞するような有名な数学者や科学者になると、その評価軸は○か×かではなく、「まだ答えのない事象に向き合った結果」となります。そして、多くの受賞者が言っているのは、そういう事象や問題に取り組む際には「感性と好奇心」が大切だということ。音楽は、「答えのない事象に向き合うこと」の訓練には最適であり(毎回がその繰り返しなので)、「感性」と培うのにはうってつけだと言えると思います。

受験期になると、勉強が忙しくなるため音楽の習いごとをやめてしまう、という選択をする方もたくさんいらっしゃいます。最近は、通っている学習塾から「ほかの習いごとを全部やめましょう」などと言われることも多いそうです。しかし、本当にそれは効果的なことなのでしょうか? もちろん、1日が24時間であることは誰にも変えられないことであり、親御さんとして「その時間を有効に使いながら合格するまで勉強に集中してほしい」という気持ちを持つことは十分理解できます。ただ、音楽がほかの勉強と違う形で脳に働きかけることも、ぜひ知っておいてください。「右脳(イメージ脳)」と「左脳(言語脳)」などという言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、さまざまな勉強は「左脳」を育て、音楽は「右脳」を育てると一般的には言われています。受験期など、「左脳」を目いっぱい鍛えているときこそ、ぜひ「右脳」を鍛える音楽を続け、脳のバランスを保つことを心掛けてほしいです。

さて、「習い事としての音楽」について、たくさん書いてきましたが、最後に、いちばん大切なことを1つ。何よりも音楽は楽しいです。いろいろと難しいこともあり、そしてもちろん身に付くこともたくさんありますが、何よりも“楽しく幸せで心豊かになる”のが音楽の魅力です。そして、聴くだけでなく、演奏できる技術を持っていることは一生の財産になります。いわば、「絶対裏切らない友人」を1人持っているくらいの心強さも得られるはずだと、私は思います。

(上永谷ミュージックセンター センター長 福田依子)

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